コラム #10
2016年12月9日公開
クールジャパン、布を愛おしむ暮らし
テキスタイルデザイナー
須藤 玲子
私が生まれ育ったのは、東京から北へ電車で約2時間、筑波山の北側に位置する石岡市柿岡。りんごの南限、みかんの北限といわれる地で、自然豊かな田舎町です。私が生まれた1953年頃は、多くの女性が着物を着用していました。ちょうどその頃、TV放送がスタートした年でもあり、日本で初めてクリスチャン・ディオールのファッションショーが行われ、Aライン、Yラインスタイルなどが大流行した年でもあります。当時、私が着ていた子供服は、古くなった大人の着物の布地を使った、母親の手縫いでした。母のつくる洋服も、スカートにペチコートを入れ、Aラインを強調したりしていたようです。 さて、日本の着物は、解くと一枚の布、13mの反物に戻ります。着古した着物の布地は「洗い張り」という工程を経ると、まるで「新品」のようによみがえります。昔は、天気の良い日には、着物を「洗い張り」する光景が、家の軒下で見かけることができました。洗い張りは、1~2年に一回、着物をほどいて「洗い張り」をして仕立て直す。水洗いするたびに布地はハリとツヤを取り戻します。当時は、紬や浴衣などは布地に裏表がありませんから、何度も息を吹き返しながら丁寧に使われていました。また、シミ、汚れが取れない場合は、模様だけを残し、刷毛で丁寧に濃い色に「染め直し」をしました。伝統工芸の染織品では貝殻を砕いた顔料「胡粉」を使いますが、変色することがあります。そうした時は「黄変直し」ができます。またタバコの火などによる穴あき、カギ裂きなどは、「かけつぎ」で綺麗に直します。丸ごと濃い色に染め直すなど、「染め直し」技法も様々に発展し、あらゆる色、模様を「黒染め」する「黒染め」屋さんも明治時代に入ると登場します。
無印良品の「ReMUJI」
このように布が貴重だったころは、私たちは着物を大切に扱うため、さまざまな工夫をしてきました。布地を大切にする工夫を先人から学び、現代を生きる私たちにできることを考えるプロジェクトが動き出しました。私がデザインアドバイスをする良品計画では、不要になった衣服を回収し、資源にしてエネルギーにかえる取り組み『FUKU-FUKUプロジェクト』に参加しています。また、2014年には、回収した衣服を丁寧に洗浄し、日本の色の起源でもある「インディゴ・ブルー」に染め直し、新しい服として再生する取り組み『ReMUJI』もスタートしました。江戸時代に独自の染色法を確立し、世界から賞賛を浴びた「日本の藍」。かつては日本中に、小さな町の一角にも「紺屋」というお店があったことを思い出す取り組みです。
現在、米国ニューヨークでは不要になった服とテキスタイルは年間20万トン、全米では1265万トンが廃棄されているそうです。そうした中、ニューヨークのクーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザインミュージアムで2016年9月23日から2017年4月16日まで、ロングランで続く展覧会『SCRAPS(廃品)展』がスタートしました。
ニューヨークで開催されている『SCRAPS(廃品)展』
まさに「SCRAP」されたモノが主役です。しかもスクラップを単に再生するだけでなく、新たな価値を提示し、再生する過程で「新しい時代」を見据えたデザイン行為として取り組んでいるプロジェクトを紹介する展覧会です。三人のデザイナーが紹介されています。一人は、イタリアを拠点にレピア織機で織物を作る過程で破棄される「捨て耳」を再利用するプロジェクト『RIEDIZIONI』を展開するルイーザ・チェベーゼ。そして、日本でも人気の高いLAのファッションブランド『dosa』を率いるクリスチーナ・キム。彼女はインドの繊細な手織り布ジャムダニで作る服の製造過程で出た残り布を使ったプロジェクト。そして私たち『NUNO』は、山形県鶴岡市のシルク産地と協働で展開する『きびそプロジェクト』を展示しています。このプロジェクトは2008年にスタートした、絹の製糸工場で出る副産物、廃棄物を再利用する取り組みです。蚕が繭をつくる時に最初に吐き出す糸「キビソ」、そして最後に吐き出した部分「おがらみちょし」を有効利用するプロジェクトで、山形県鶴岡市の鶴岡織物工業協同組合と協働して現在も広く展開しています。このプロジェクトのきっかけは、私が工場の隅にうず高く積み上げられた小枝のような副産物「キビソ」、そして、くるっと丸まったカンナクズのような形状の廃棄物「おがらみちょし」を見つけたのが、きっかけになっています。かつて製糸工場では、「蛹」は貴重なタンパク源として食し、生糸にならなかったものは全て副蚕物(ふくさんぶつ)として再利用されていました。一切のゴミも出さなかった人間の知恵があります。
『SCRAPS展』は私たちに、着て楽しむだけのファッションに警笛を鳴らし、賢く消費することへのメッセージとなっています。着物の時代から布を大切に扱うためのさまざまな工夫から見える、私たち日本人の「勿体無い」には、ものの価値を生かし、無駄をなくそうとする精神が宿っています。そこに、クールジャンの真髄があるように思います。
PROFILE
須藤 玲子(Reiko Sudo)
テキスタイルデザイナー
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。
現在、同社取締役デザインディレクター、東京造形大学教授、無印良品のデザインアドバイザリーボード。
毎日デザイン賞、ロスコー賞,JID部門賞等受賞。