コラム #7
2015年11月6日公開
大仕掛け・大風呂敷のクールジャパン戦略を
慶應義塾大学政策・メディア研究科/特別招聘教授
夏野 剛
「クールジャパン」という言葉の響きがクールに聞こえないぐらい普通の言葉になったのはこの2、3年だろうか。決して悪い意味で言っているのではない。一般国民が認知するほど普及したと言うこと。いまや海外でウケる日本発のものはすべてクールジャパンという概念でくくられるようになった。
一方で、政策としてのクールジャパンが大きな効果を出したという話はなかなか聞かない。確かにミラノ万博の日本館の評判はよかったし、ラグビーをはじめとしたスポーツがめっきり強くなったおかげで日本の国際プレゼンスは大向上した。2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会に向けて国際社会への日本の発信は増える一方だろう。しかし、これらは政策効果ではない。万博もスポーツも言ってみれば結果オーライ。オリンピック招致を除けば、政策的に、戦略的に「仕掛けた」結果ではない。
振り返るとこの10年のクールジャパン戦略はある意味「総花的」であった。食から文化、コンテンツ、伝統工芸に至るまで、あらゆる「ジャパン」っぽいものはすべて支援する。不公平、偏りがないようにポートフォリオを作る。これによって各産業、各分野、全国民の支持を取り付ける。そして各省庁、自治体、企業そして国民の意識を高め、民間のやる気を引き出す。ウチにこもりがちな日本人、日本企業にとって、このようなあらゆる分野にわたるクールジャパン意識付けは必要なプロセスだった。
しかしこれだけクールジャパンが認知された今、そろそろ戦略的、効果的な「仕掛け」づくりに動いてもいいのではないだろうか。
戦略とは戦(いくさ)を略す。つまりコスト・犠牲を最小限にして勝つと言うこと。経営で言えばもっとも効率的、効果的に動くと言うことである。クールジャパン戦略における効果とは、日本を意識させるモノやサービス、コンテンツをできるだけ広く、そして深く70億の世界人口に触れてもらうこと。そしてその結果、日本の産業が世界で戦いやすくなる、つまり競争力がつくことにつながるということであろう。もちろん今までもそういう観点から総花的に海外に刺さるものを支援してきた。ただしよく考えれば、コンテンツの刺さり方と、食の刺さり方は違うし、そもそもそれぞれのアイテムによって市場規模が違う。
例えば日本のアニメ。ながらくクールジャパンの象徴のようにも言われ、知名度のある作品もでているが、海外でマス大衆にその人気が定着するとは思えない。それは、そもそも「そういう作られ方」をしているからだ。マンガやアニメの大多数は日本の文化と社会を背景として日本語で作られる。そうなると海外の人たちにとってはエギゾチック(異文化的、異国感)なものとなる。たまに観るにはいいが、常にと言うわけにはいかない。たまにヒット作が出たとしても、その接触頻度と刺さり方は一部の熱狂的なファンを除いては限定的であろう。ハリウッドの映画は、たまたま母市場に多様性があり、万人ウケを狙っているので、そのまま多様な世界市場にも受け入れられやすいが、母市場がユニークな日本発のコンテンツは世界市場との親和性が高くないのは仕方ない。音楽もしかり。英語以外の言語で作られた楽曲がアメリカのヒットチャートにランクインすることはゼロとは言わないが、数十年に一回だ。
一方で和食、特にすし、てんぷら、近年ではラーメンといった日本流の調理法は全世界に知れ渡っている。かならずしも日本人でない人がシェフであったりオーナーであったりするが、和食には世界中の人間が興味を示す。
つまり乱暴に分ければ、世界の人口の中で日本好きな1%の人間に深く刺さるアイテムと、100%全員に浅く刺さるアイテムがあるということ。もちろんその中間的なコンテンツも生まれる場合はあるが、政策的に考えれば、マス向けクールジャパンとコア向けクールジャパンを分け、それぞれに必要となる施策を分けて実施する方がいいのではないか。
そこで第二期クールジャパン戦略を以下のようなものにするのはどうだろうか。
まず、クールジャパンのアイテムを、浅く広く刺さる分野と狭く深く刺さる分野の二つに分ける。そして一定期間、浅く広く刺さる分野の中から波及効果が高いものに資源の80%を集中して投下する。食、ファッション、化粧品、ホスピタリティサービスなどがこれに当たる。これらの分野では、特定の企業や商品を後押しする方法はやめ、波及効果の大きいプラットフォーム型に資源投入を集中する。これまでの事例では、コールドチェーンの流通網をベトナムに作るという案件が最もこの考え方に近いが、ファッション見本市を定期的に各国で開く会社(仕組み)を作る、外国人も受け入れるケアマネージャー人材教育センターを作る、日本食材の市場(いちば)機能を各国に作る、と言った、日本の優位性をもつ分野のプラットフォーム的機能を海外で展開することに注力する。こうすると、日本企業や日本人以外の人々も日本の食材やノウハウを使った事業展開ができるようになり、今までよりより多くの人口が「ジャパン」に触れることにつながる。個別の外食チェーンの展開支援とか一カ所日本モールを作るという個別案件型よりも大きな波及効果が期待できるので政策効果が大きい。
残りの20%の資源は、マンガ、アニメ、音楽、ドラマ、映画、伝統文化、芸能、地方創生といったものにこれまでのような幅広さで投資して構わない。こちらの分野はマスが受け入れなくても一部に深く刺さることが重要なので、個別企業の支援とか個別案件でもよい。その中からいくつか、本当に関心が広がるものが出てくればそれは次の主要投資分野に格上げされることもあり得る。
これまでのクールジャパン戦略が序盤だったとすると、ここからは本格的な展開が必要となる。そうなると「大仕掛け」が必要となる。「世界の主要都市すべてに日本食材の市場(いちば)を作り毎日コンテナを築地から出す」、などという大風呂敷は、とても民間主体で数億の投資スケールではできない。それが実現すれば、ホンモノの和食が世界中で食せるようになり、世界の和食のレベルが格段に上がって、日本への関心もさらに高まることになるのは明白だ。
本格期を迎えたクールジャパン戦略においては、あえて大風呂敷を何枚も広げるような動きをクールジャパン機構には期待したい。
PROFILE
夏野 剛( Takeshi Natsuno )
1988年早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。95年ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、97年NTTドコモへ。99年に「iモード」、その後「iアプリ」「デコメ」「キッズケータイ」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げた。2005年執行役員、08年にドコモ退社。
現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、カドカワ、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、ぴあ、グリー、DLE、U-NEXTなどの取締役を兼任。
ツイッター:@tnatsu
ブロマガ: http://ch.nicovideo.jp/natsuno