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コラム「私のクールジャパン」

弁護士 / クールジャパン機構 取締役

”Lady Murasaki, The Tale of Genji” は “Cool“

弁護士 / クールジャパン機構 取締役林 いづみ

はじめまして 林いづみです。
 写真では歌舞伎座リニューアル開場式のために和服を着ていますが、普段の私とはまるで別人です。私は、主に知的財産や国際取引の分野を専門とする弁護士をしております。

 クールジャパン機構は、日本における衣・食・住に関わる生活文化の特徴・特色を生かした魅力ある商品・サービスを海外展開することを支援・推進しています。昨年11月の設立以来、機構には様々な経験を持つメンバーが集まり、熱いハートとクールな頭脳で(逆になると大変ですね。)日夜、頑張っています。

 さて、「クールジャパン」の「クール」とは、周囲を気まずい雰囲気に変えてしまう笑えないギャグに対して言われる「寒い」ではなく、「かっこいい」という意味で使われています。でも、「日本人が自分でクールジャパンというのは寒い。」という意見も少なくないですね。私も気恥ずかしさを否めませんでした。 

 そこで、私は「クール」なのは「日本文化の魅力が解る人」と考えることにしました。「違いのわかる〇〇」というCMコピーがありましたが、世界中の、日本文化の魅力を理解し愛する「クール」な人々との縁結びのお手伝いをする。私は、それが、クールジャパン機構のミッションと理解したいと思います(あくまでも個人の意見です)。

 古今東西、世界には、日本の伝統文化の魅力を理解するクールな方々がたくさんおられ、枚挙にいとまがありません。11世紀初めに宮廷女官の紫式部が書いた「源氏物語」を翻訳した、英国人アーサー・ウェイリー(Arther David Waley) (1889-1966)もそのお一人でしょう。

 日本の若い女性にとっての源氏物語の入門書は漫画「あさきゆめみし」(大和和紀著)(講談社漫画文庫など)かもしれませんが、「源氏物語」の魅力が英語圏の人々にも、時代を超えた普遍性をもつ作品として絶賛されるようになったのは、ウェイリーの卓越した英訳 “Lady Murasaki, The Tale of Genji” (1925-1933)(DOVER PUBLICATIONS,INC.発行のペーパーバックでも読めます。)のお陰といえましょう。

 平川祐弘著「アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者」(白水社)によれば、ウェイリーは、ストーリーテラーとしての「最も適切なことを最も効果的な順で語る紫式部の能力」を高く評価していたそうです。平川教授は、同書の冒頭で、源氏物語が彼の手で「見事な英文に訳されたことは日本古典文学が世界の中央に登場した歴史的快挙であった。」として、「ウェイリーが蘇らせた光源氏の魔法の王国のすばらしさ」を語っておられます(ちなみに1931年生まれの平川教授もとてもクールな先生です。)。

 日本では、794年に都が京都に移されて「平安京」が始まり、894年に遣唐使が廃止され、1185年に壇ノ浦で平家が滅亡するまでの約400年間の比較的、平和な時代に、女文字・仮名が誕生し、和歌や日記・物語文学の隆盛を迎え、寝殿造りの建物など、日本的な感性による洗練された文化が花開きました。源氏物語は、そうした平和な時代に紫式部によって書かれ1008年ころに完結したと言われています。

 平川教授は、源氏物語の登場人物の在り方は、現代の私たちの生き方、話し方、考え方の中に息づいていると指摘されています。私も、本当にそう思います。11世紀初頭の日本女性が、21世紀現在の世界の人々の共感を呼ぶような人の心の機微を描き、時空を超えた普遍性をもって世界中で読み継がれているとは、何とも素敵ですね。

 源氏物語からは、日本の衣・食・住に関わる生活文化もうかがえます。
 例えば、「香り」
 「源氏物語」の中ではそれぞれの香りが、季節やその時々の登場人物の心情を反映し、場面に合わせて焚かれました。平安時代には、宮廷を中心に部屋や着物に香をたきしめる風習が盛んで、春夏秋冬の季節になぞられた基本的な処方が定められており、さらに、その比率に微妙な匙加減を加えて自分だけのオリジナルの香りを作りだしていたのだそうです。
そして、平川教授は「『脱ぎ捨てたまえる御衣の薫(にほひ)』に感銘するのは日本では伝統的な詩的発想の型なのである。」(前掲書207頁)と述べ、源氏物語においては、非言語的な、嗅覚、聴覚や味覚等の知覚でもって、ある過去が突然連想裡に痛切に思い浮かぶ表現がなされていることを指摘されています。ここにも、紫式部の心理描写の卓越ぶりがうかがえますね。

 また、紫式部は、源氏物語の「玉鬘」の、正月用の衣装を配る場面を描いています。光源氏が、正妻の紫の上を含むそれぞれの女性にあわせて、衣装の色彩、色の組み合わせ、テクスチャアなどを選んであげる場面です。千年前とはいえ、日本人男性にそんな気が効いたことができるDNAがあるとは思えず、ここは紫式部が自分のファッション願望を書いてみたのかと思ってしまいます。描写された衣装のアレンジは、登場人物を描くとともに、それ自体、現代に通用する美しさです。形は変わっていますが、日本文化には、源氏物語で描かれた様々な日本の伝統色や文様が継承されていると思います。

 さらに、源氏物語の「常夏」の冒頭に、光源氏が夕霧たちと六条院の釣殿(つりどの)で食事をする場面があります。釣殿は、寝殿作りの貴族の邸宅に設けられた、庭園の池に面して作られた納涼スペースです。 たいそう暑い日に、水辺の釣殿で、彼らが食べていたのは氷水をつかった水飯や「鮎」。「鮎」は、現代の日本でも、夏の味覚ですね。

 さて、あなたの「クールジャパン」は何でしょうか?

PROFILE

林 いづみ(Izumi Hayashi)

弁護士/クールジャパン機構 取締役
検察官、渉外事務所、サンフランシスコの法律事務所を経て、1993年より永代総合法律事務所パートナー。主に知的財産権、国際取引、海外進出、営業秘密管理、競争法分野などを扱う。前日本知的財産仲裁センター長、元日本弁護士連合会知的財産センター長等。現在、第2次安倍内閣の規制改革会議委員を務める。